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読むと八戸旅行がより楽しくなる歴史小説

読むと八戸旅行がより楽しくなる歴史小説

今回は、八戸旅行を計画している人のうち、「歴史に興味があります」という人にお伝えしたいお役立ち情報です。

で、そのような歴史好きの人が、旅行前に読んでおくと、八戸旅行がより楽しくなる歴史小説があります。

その小説ですが、司馬遼太郎の『菜の花の沖』です。この本ですが、現在、文春文庫として、全6巻の文庫本として読むことができます。

第4巻で八戸について触れられる

なぜこの本を歴史好きの八戸旅行者にお勧めしたいかというと、この菜の花の沖の第4巻で八戸について触れられる箇所があるからです。

具体的には256ページからの「東の大灘」一部と、394ページからの「あとがき」です。菜の花の沖の第4巻では、この小説の主人公である高田屋嘉兵衛が、太平洋側の航路で、北海道を目指すのですが、その途中による港として、八戸や野辺地の港が出てきます。

その中では、八戸旅行時に知っておくとちょっと嬉しい、マメ知識などを知ることができます。例えば、三陸復興国立公園に指定された、種差海岸の「種差」という言葉の由来です。

で、この小説によると、「種差」の由来は、アイヌ語にあるそうです。アイヌ語で、「タンネ」が「長い」の意味で、「サシ」が「岬」の意味とのことなんです。つまり「タンネサシ」で「長い岬」という意味となるわけですね。

実際に八戸の種差海岸を訪れるとわかりますが、尖った岬ではなく、長い岬となっていることがわかります。このようなマメ知識を知っているだけで、八戸旅行がより楽しくなります。

また、菜の花の沖の第4巻の「あとがき」では、特に詳しく八戸について触れられています。

このあとがきでは、司馬遼太郎が、八戸を訪れた時のエピソードについて触れ、江戸時代の八戸の歴史、またゆかりのある人物である、安藤昌益についても触れられます。

安藤昌益は、身分制度が強い江戸時代において、無政府主義、四民平等の思想を持っていたことで有名な思想家で、八戸で町医者をしていた人物です。

で、八戸に「安藤昌益のような思想家が現れたことは、偶然ではない」と司馬遼太郎は考えているんですね。

南部煎餅のルーツ?

何が偶然ではないかというと。八戸藩ですが、その当時、経済状況が非常に悪く、度々、一揆が起きている藩でもありました。

その原因として、「八戸藩が、武士が商人と結託して、農民から搾取する体制をとったことにある」、と司馬遼太郎は考えています。そして、その商人ですが、古手と呼ばれた古着を売る「近江商人」が中心となっています。

さて、八戸の港ですが、古くから航路が発達していた日本海側と異なり、元禄時代(1688年から1704年)になってようやく、その航路が開いています。そのため、急に江戸時代の商人経済が流れ込んできた背景があります。

そして、藩が、農民ではなく、そのような商人に寄り添った政治を行った結果、商人が地主となり、農民は作った自分の米も食えない状況となったわけです。

八戸は、つまり貧富の格差がとても大きかった藩なのですが、「それが安藤昌益の平等思想の根本となっているのでは?」ということですね。

八戸の有名なお土産として、「南部煎餅」があります。そのルーツには、諸説あるのですが、このような背景から「米を食えない農民が生み出した暮らしの知恵説」もあるかもしれませんね。

ちなみに、八戸において、近江商人の子孫は、その苗字が井戸の「井」で終わっている人に多い、という話があります。なので、八戸で「◯井さん」という苗字の人に出会うことがあれば、「この人は近江商人の末裔かも」と想像し、歴史ロマンを感じる楽しみ方もできます。

と、菜の花の沖を読むと、以上のように八戸の江戸時代における歴史についての予備知識がつきます。そこには、いわゆる「司馬史観」な側面もありそうですが、それでも八戸旅行を楽しむ知識として役立ちます。

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